<有吉メッツの歴史>

有吉Metsがある千葉市緑区おゆみ野地区は、 都市整備公団によって昭和50年代後半から造成が開始された新しい街です。 房総丘陵を造成し、面積605ha、計画人口8万人の住宅地が生まれました。 現在は約3万5千人が生活する緑区の中核地区です。

 

ここに泉谷Metsと 有吉Metsの二つの軟式少年野球チームが存在します。 この新しい住宅地に少年野球チームが誕生したのが、造成初期の昭和60年、 選手数14名からのスタートだったそうです。

 

その後の造成の進展に伴う人口増加やイチローブームによって、 平成11年には選手数が100名を超え練習もままならなくなったため、 中学校の校区を元にチームを分割することになり、平成13年に泉谷Metsから分かれて 有吉Metsとして独立しました。

 

選手の大半は、有吉小、扇田小、小谷小に通う児童たち。 有吉小をホームグラウンドに、近隣のグラウンドを借りながら、主に土曜日・日曜日に練習しています。

 

 

<主な戦績>

  • 全日本学童軟式野球千葉県大会
    (マクドナルド・トーナメント)出場1回 [準優勝 1回]
  • 千葉県少年野球選手権大会(千葉日報杯)出場3回
  • 少年野球千葉県選手権大会(ろうきん旗)出場2回
  • 関東学童秋季軟式野球千葉県大会(日ハム杯)出場1回
  • 千葉県少年野球低学年大会(ロッテ旗争奪戦)出場1回
  • 全日本代表選手輩出
  • 千葉ロッテマリーンズ ジュニアチーム 選手輩出
  • 女子野球 日本代表選手輩出

 

年次 概要
2001 選手数 108名
泉谷メッツからの蓄積があったとはいえ、 108人もの選手を抱えた巨大チームの運営は想像以上の困難がありました。
しかし、初年度にも関わらず、Aチームが千葉市春季中央大会で いきなり3位になる活躍を見せてくれました
2002 選手数 97名
2年目とはいえ5チーム100人弱の選手を抱え、練習場の確保、 審判の手配、運営資金の遣り繰りなど、引き続き苦労の連続でした。
この年、おゆみ野南公園内に待望の軟式少年野球場が開場しました。
 2003  選手数 92名
選手数は90名を超え千葉市最大のマンモスチーム。 秋の緑区大会にはⅠ部からⅢ部までそれぞれ2チームずつの計6チームがエントリーした。
グラウンドの遣り繰り、それに伴う選手とスタッフの移動など苦労は続く。
そんな中で、デイリー杯決勝戦において、AメッツとAマリンが 1対0の手に汗握る兄弟対決を演じたことが最大の収穫だった。
接戦の征したAマリンは、緑区代表として千葉市長杯に参戦した。
 2004  選手数 70名
発足時に比べ選手数は減少したといっても6年生は25名にのぼり、 勝利を目指しながらいかに各選手の出場機会を確保するかが大きな課題。
そのためAチームは大会によっては2チーム編成にするなどして、年間81の試合をこなした。 最後に千葉シニア杯に優勝でき課題をクリアすることができた。
B、C、D合わせて151試合を戦ったため、グラウンドの確保、 審判の手配、選手・スタッフの移動など苦労は続いた。
 2005  選手数 54名
選手数は発足当時の半分に減少。なんとか学年別の3チーム構成を維持して一年間を戦うことができた。
逆に選手数が減ったことで、課題であった全員参加の夏合宿が初めて実現できた。
選手数の減少に悩む千葉市の他チームに比べるとまだまだ羨ましい状態だが、 50人前後をいかに維持して行くかが、新たな課題となった。
戦績は、Aチームが期待ほどの戦績を残せなかったものの、Bチームが千葉市でベスト8入りを果たし、 Cチームも低学年の県大会であるロッテ旗杯に出場するなど、それぞれ次年度での活躍を期待させてくれた。
 2006  選手数 64名
スタート時は40名と発足以来最小人数でスタート。 特に次代を担う4年生以下が10名と公式戦出場も危ぶまれた状態だった。
しかし、WBCの影響か?4月以降新入部員が相次ぎ、最終的には64名まで回復した。
選手数の増加に比例するかのように各チームの戦績が向上し、 結果的に有吉メッツにとって最も輝かしい1年になった。
Aチームは緑区に向かうところ敵なしの状態で、5回の緑区大会の内4回に優勝。
悲願であった千葉日報杯初出場を果たした。
また、Bチームは秋季千葉市中央大会を初制覇。来年のマクドナルド杯出場権を獲得した。
 2007  選手数 58名
シーズン始めからAチームの活躍が有吉メッツの名を千葉県中に轟かせた。
全国大会へ繋がるマクドナルドトーナメントは、初出場で決勝進出し、 惜しくも準優勝だったが立派な成績を残した。
昨年に続き千葉日報杯出場、ろうきん杯初出場。
千葉市中央大会は常に上位の成績で緑区では敵なしの状態。公式戦43戦34勝は見事。 千葉ロッテマリーンズジュニアチームにも選手が選ばれた。
Bチームも実力を付け投手が育ちつつあり、 Cチームは、緑区秋季大会準優勝するなど今後の活躍が大変楽しみ。
 2008  選手数56名
今年のAチームは選手数が少なく、チームで初めて選手のダブル登録でシーズンをこなす様になった。思う様な戦績が残せず苦労したが、初めて挑んだ秋季南総大会では優勝候補を倒すなど確実に実力を付け自信を持った。
Bチームは日ハム旗に初出場を果たし、JFE大会で初優勝、緑区準優勝2回と立派な成績を残した。
Cチームは続々と新入部員が入り最終的にC、Dに分かれて試合をこなすまでに増え、次年度に期待が持てる。
 2009  選手数 50名
今年は日本チームがWBC2連覇を達成し野球界が大いに盛り上がった年だった。
各チームも順調にレベルアップし立派な成績を残した。 Aチームは緑区で激戦を繰広げ千葉日報杯出場。 千葉市選抜に選手が選ばれ活躍、秋季南総大会では準優勝し大きな成果をもたらした。
Bチームは緑区準優勝2回といよいよ躍進の準備が出来た。
Cチームも緑区代表として低学年中央大会に出場し健闘した。
 2010  選手数 48名
今年創部10周年を迎えるに当たり、Aチームの活躍に期待がかかる中、 シーズン初めの千葉市春季中央大会に3年振りの出場を果たし、 着実に力をつけ夏の緑区YCよみうり旗で今季初優勝、 Bチームも準優勝となり、ダブルでのメダル受賞の快挙となった。
さらに、高橋由伸杯出場、千葉市長杯予選出場、JFE大会3位。 京葉秋季大会、千葉市秋季中央大会では、ベスト16以上の本大会出場を果たし、 いずれの大会でも県内屈指の強豪チームと堂々互角の戦いを演じた。 また、南総秋季大会でも快進撃をつづけ、各大会が重なり大会日程も調整が合わず、 11月以降メッツの活動日は、ほぼ毎日のように公式戦が入り、選手達にとっては大変な年となった。
南総秋季準決勝・決勝は12月26日年末決戦となり、 また、Cチームも京葉秋季大会優勝を決めるなど、10周年にふさわしい活躍となった。 次年度に向けて、Bチーム、Cチーム共に着実に成果を上げてきており、新しき第一歩に期待が持てる。
 2011  選手数 55名
今年は3月の東日本大震災の影響があり、余震や生活環境が不安な中、 チームの活動自体どうするのか?議論されたが「この時こそ一致団結を」の元、活動再開となる。
Aチームは高橋由伸杯出場!また各個人も緑区選抜選手、女子野球日本代表選手等に選出され活躍をした。 BチームはYCよみうり旗での優勝など大きな功績を残し、 Cチームは夏以降に連勝するなど実力をつけている。
 2012  選手数 42名
今年のAチームは、千葉市春季中央大会ベスト4、緑区あさひふれんど旗大会で優勝し、県大会である千葉日報杯・ろうきん旗の出場を果たした。 また、春季南総大会・JFEちば大会・高橋由伸杯、共に準優勝。 特に、高橋由伸杯の表彰式では、ジャイアンツ高橋由伸選手からメダルを授与され、選手たちは良い思い出になった。 公式戦(51戦33勝)、全戦積(60戦41勝)と立派な成績を残してくれた。 Bチームは、投手を中心としたチーム力で来年の活躍が楽しみであり、Cチームも低学年中央大会に出場するなど、今後の活躍に期待したい。
2013 選手数 37名
この年は有吉メッツ創設して、最小選手数となりAチームにおいても、選手数10名と過去最小となり、Bチームとのダブル登録で公式戦に臨んだ。 Aチームの戦積については、春季中央大会の代表決定戦では、1点差で苦杯をなめ、惜しくも代表を逃がす。 春季京葉大会では三回戦に進出し優勝候補チームと善戦の末、最終回の逆転負けでベスト8ならず、また緑区の最後を締めくくる秋季大会では 優勝チームに2回戦で1点差負けと善戦はするが後一歩のところで力尽き、なかなか成績を残すことはできなかった。 しかし選手たちは着実に力をつけ、最後のおゆみ野大会では、優勝で飾り有終の美でしめくくる事ができた。 チームの中からは、千葉市代表チームのドリームスに選手を輩出し、市長杯では投打に活躍し優勝へ大いに貢献してくれた。 Bチームは緑区秋季大会で準優勝し、Cチームも選手数が徐々に増え、次年度への活躍を期待できるものとなった。
2014 選手数 52名
今季Aチームは、緑区春季大会3位のスタートをきったものの1年を通して、多くの負傷者が出てしまい、13名で支え助けあいながらの試合が続いた 高橋由伸杯・秋季中央大会 の逆転されての1点差負け、南総秋季・シニア杯の追いつかれた後のサドンデス負けは、悔しさが残る。
それでも最後の緑区秋季大会準優勝、おゆみの大会優勝は、有吉メッツABC全チームの力を結集させての素晴らしい試合、メダル獲得となった。
Bチーム(5年生)は、個々の能力が高い7名の選手に新たな仲間と下級生も加わり、ようやく人数も揃い、基本を大事にする監督のもと、着実な成長をみせており、2015年春のスタートから、大暴れは間違いない。Cチームは、緑区秋季大会で見事優勝旗を手にし、2015年度以降もますますの活躍が楽しみ。
2015 選手数 41名
Aチームは、創部以来、最小人数9名と5年生の選手も加わり、緑区春季大会、市議会会長杯代表決定戦、共に準優勝し春先から良いスタートができたと思われた矢先に故障者が相次ぎ、以降、シーズンを通して思う様な戦績を残すことが出来なかった。選手一人ひとりは、持っている力を十分に発揮し、頑張ってくれた。次のステージでの活躍に期待したい。Bチームは、緑区YCよみうり旗に優勝するなど、左右両投手を中心に守りからリズムをつくり、投手の出来次第では常に上位を狙えるチームである。Cチームは着実に力をつけており、今後が楽しみである。
2016 選手数 66名
Aチームは、市協会会長杯代表決定戦準優勝、YCよみうり旗準優勝、JFEちばまつり準優勝、緑区秋季大会3位という成績を収め、1年を通じてよく頑張った。準優勝が3回だが一度も優勝できなかったことは次への課題だろう。 そのAチームの悔しさをBチームが晴らし、YCよみうり旗では見事優勝に輝いた。最終学年での活躍、好成績に期待したい。4年生以下は、Jチーム(1・2年生)での育成の成果か、各選手とも基礎がしっかり身についてきている。 さらに下半身強化で怪我を無くし、「全力疾走・有吉メッツ」を期待する。
2017

 選手数68名

Aチームは市協会会長杯緑区代表決定戦は、残念ながら代表権を得られず、悔しいスタートとなったが、その後の緑区では春季大会準優勝、あさひふれんど準優勝、YCよみうり旗優勝、秋季大会3位と緑区4大会で全てメダル獲得する快進撃となった。そしてYC優勝で県大会のろうきん旗出場を5年振りに掴み大会に臨んだが、10月は度重なる雨天での日程変更もあり、チームもベストな状態とは言えず一回戦で敗退となった。この年の6年生は9人ながらも、大きなケガも無くチーム一丸となって頑張りをみせた。

Bチームは選手が少ない事情もあり、常にAチームへの帯同などから、十分な試合数を重ねられず、苦しいチーム事情ではあったが着実に力をつけてきた。

Cチームは、緑区春季大会で準優勝し、その後南総秋季大会で勝ち進み、年越し決勝戦を迎え見事優勝を飾った。

 

DJチームも多くのメンバーが集まり、今後が期待できるチーム状態となってきた。

2018

 選手数66名

Aチームは6年生7人でスタートし、常にBチーム選手の帯同を伴って、試合・練習へ臨んだ。京葉春季大会で3回戦まで進み、ここから全開と思いきやその後、選手の事情から6年生はフルメンバーで臨むことができず、なかなか戦績も思うような結果が残せなかった。千葉市秋季中央大会では優勝候補チームに1-2とあと一歩まで追い詰めたが苦杯を舐める結果となった。しかしながら個人の能力は着実に向上し、今後の活躍が期待できる選手に成長した。

Bチームは緑区YCよみうり旗で優勝、Cチームは緑区春季大会準優勝、緑区低学年代表決定戦優勝、そして南総秋季大会が昨年に続き年越し決勝戦となり、連覇を目指したが準優勝と善戦した。

 

この年3年生だけのDチームも選手数が充実し、練習試合も多く重ねる事が出来た。次年度への期待が膨らむチーム状態となった。