| 年次 |
選手数 |
概要 |
| 2001年 |
108名 |
泉谷メッツからの蓄積があったとはいえ、108人もの選手を抱えた巨大チームの運営は想像以上の困難がありました。しかし、初年度にも関わらず、Aチームが千葉市春期中央大会でいきなり3位になる活躍を見せてくれました。 |
| 2002年 |
97名 |
2年目とはいえ5チーム100人弱の選手を抱え、練習場の確保、審判の手配、運営資金の遣り繰りなど、引き続き苦労の連続でした。この年、おゆみ野南公園内に待望の軟式少年野球場が開場しました。 |
| 2003年 |
92名 |
選手数は90名を超え千葉市最大のマンモスチーム。秋の緑区大会にはT部からV部までそれぞれ2チームずつの計6チームがエントリーした。グラウンドの遣り繰り、それに伴う選手とスタッフの移動など苦労は続く。そんなかで、デイリー杯決勝戦において、AメッツとAマリンが1対0の手に汗握る兄弟対決を演じたことが最大の収穫だった。接戦の征したAマリンは、緑区代表として千葉市長杯に参戦した。 |
| 2004年 |
70名 |
発足時に比べ選手数は減少したといっても6年生は25名にのぼり、勝利を目指しながらいかに各選手の出場機会を確保するかが大きな課題。そのためAチームは大会によっては2チーム編成にするなどして、年間81の試合をこなした。最後に千葉シニア杯に優勝でき課題をクリアすることができた。B、C、D合わせて151試合を戦ったため、グラウンドの確保、審判の手配、選手・スタッフの移動など苦労は続いた。 |
| 2005年 |
54名 |
選手数は発足当時の半分に減少。なんとか学年別の3チーム構成を維持して一年間を戦うことができた。逆に選手数が減ったことで、課題であった全員参加の夏合宿が初めて実現できた。選手数の減少に悩む千葉市の他チームに比べるとまだまだ羨ましい状態だが、50人前後をいかに維持して行くかが、新たな課題となった。戦績は、Aチームが期待ほどの戦績を残せなかったものの、Bチームが千葉市でベスト8入りを果たし、Cチームも低学年の県大会であるロッテ旗杯に出場するなど、それぞれ次年度での活躍を期待させてくれた。 |
| 2006年 |
64名 |
スタート時は40名と発足以来最小人数でスタート。特に次代を担う4年生以下が10名と公式戦出場も危ぶまれた状態だった。しかし、WBCの影響か?4月以降新入部員が相次ぎ、最終的には64名まで回復した。選手数の増加に比例するかのように各チームの戦績が向上し、結果的に有吉メッツにとって最も輝かしい1年になった。Aチームは緑区に向かうところ敵なしの状態で、5回の緑区大会の内4回に優勝。悲願であった千葉日報杯初出場を果たした。また、Bチームは秋季千葉市中央大会を初制覇。来年のマクドナルド杯出場権を獲得した。 |
| 2007年 |
58人 |
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